私的名盤紹介―真の雑食を目指して

自分の心に残った作品を紹介することで、新たな音楽を見つけるきっかけとして頂ければ嬉しいです。

おすすめ書籍 その3 「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法―冨田恵一」

いつも私的名盤紹介にお越しくださっている皆様、
Twitterにて交流頂いております皆様、友人の皆さん、ありがとうございます。
今日は非常に寒い一日で、明日は雪も降るということだそうですがいかがお過ごしでしょうか。

医学部生活も4年目となり、CBT(コンピュータを使って行う全国共通の基礎医学、臨床医学に関する多選択式テスト)と
OSCE(臨床実習のための基本的な技術に関するテスト)を控え、徐々に忙しくなって来ており、
更新も滞っている状態(今年の夏までが暇だったというのが本当のところかもしれませんが)
です。

しかしそんな中でも、この私的名盤紹介は来る12月24日に開設2周年を迎えますし、
これまで訪問し、コメントや拍手を残して下さる方々のお蔭で続けてくることが
出来ました。ありがとうございます。

昨年度に続き、時間に余裕があれば邦楽ベストアルバムなどの記事も編集しようと
考えております。ご期待下さい。

さて、今回紹介しますのは、
北海道旭川市出身の音楽プロデューサー、作曲家編曲家である冨田恵一(1962-)の
著書である「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」(2014)であります。



ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法
(2014/07/18)
冨田 恵一

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タイトルの通り、本著で取り上げられている作品は、Steely Dan活動休止後、
メンバーであったDonald Fagenによって1982年に発売された、
Nightflyという作品であります。

この作品については以前に私的名盤紹介でも取り上げており、
(昨年の4月の記事ですのでクオリティが低くて恐縮ですが、クレジットの確認程度には
使えると思います。
http://grooveisalliwant.blog.fc2.com/blog-category-152.html)
自分自身、何度聴いたか解らないほどに手放すことのできない、
大切な、「一生モノ」のアルバムであります。

そして、AORやソフトロック、フュージョンなどのクロスオーバミュージックを好む
多くのリスナーによって聴き継がれてきたNightflyについては、
数多くのホームページや書籍でその解釈やレビューが、大抵は最大限の賛辞と共に
語られています。

筆者としても、この作品については語り尽くされているという感があったのですが、
日本の現代のポップスに関する編曲家、プロデューサーとしてその名が知れ渡っている
冨田恵一氏が今このタイミングで何を語るのか、予想だに出来ていませんでした。

因みに冨田恵一氏はこれまで、キリンジ(キリンジの項を参照)、MISIA(MISIAの項を参照)、
平井堅(平井堅の項を参照)、中島美嘉、椎名林檎(椎名林檎の項を参照)、
木村カエラ、坂本真綾などを手掛けてきた元スタジオミュージシャンのギタリストで、
マルチプレーヤーでもあります。有名な楽曲にはキリンジのエイリアンズ、
MISIAのEverything、平井堅のRing、中島美嘉のSTARSなどがあり、
取り分けバラード楽曲におけるストリングスのアレンジや、打ち込みによるドラムの
自然さ、グルーブ感には驚嘆させられることが多いです。

結論から言うと、この本はNightflyの楽理的分析、印象評、関係したミュージシャンの情報、
制作に至るまでのFagenの心情やSteely Danにまつわる状況に留まらず、
音楽制作における「録音」と言う行為の実践的な解説や、
「音楽プロデューサー」と呼ばれる人々のタイプ別分類とその具体的解説、
「エンジニア」と呼ばれる人々の働きやその重要性、
80年代のポピュラー音楽と70年代以前のそれとの決定的な差異、
「打ち込み」と言う行為の誕生、デジタルレコーディングによるタイム感の変化など、
300頁程度のさほど厚くは無い一冊の中にかなりの情報量が詰められた本となっています。

メインとなる記事は各楽曲の解説ということになっていますが、
その分析も譜面を出来るだけ使わないながらも、和声進行についての解説、
各セクション(ABサビなど)ごとの構成の解説、
使用楽器のミキシングや定位、帯域や、ギター、ホーンなどのオブリガートのフレーズ、
ドラムスのリズムパターンなど、アレンジに関する(これが驚嘆するほどに細やかです)解説など、
実際の楽曲のアレンジに役立つような情報、筆者自身の方法論を交えながら書かれています。
他にも、各曲において重要な働きを成しているスタジオミュージシャンのプレイの傾向や、
それに対して加えられたパンチイン、エレキピアノやエレキギターの音色やエフェクトの選択について、
或いは、生のドラムをワンショットごとにサンプリングしてタイム感がよりジャスト
(グリッド線通り、80sのグルーブの感覚)になるように調節したりフィルを構築し直したりしていることについてなど、
筆者は正しく目から鱗状態で、見る見るうちに読み切ってしまいました。

デジタル録音の黎明期であった1982年と言う時代の録音の具体的な状況と、
それにまつわるFagenの苦しみも克明に描かれています。
そしてブラックコンテンポラリーやヒップホップの誕生と共に
より音のデジタル化が進んで行った時代の直前期において、
生音、生演奏を基本としながらもそれを分割、統合、前後への調節などを行い、
エコーや空間処理にはアナログ機材を用いると言ったような意味で、
Nightflyは「真のデジタル・アナログの融合」の作品であったと評しています。

本文以外のコラムもかなり面白いものが多く、個人的には、
テクノロジーの発展と、それに伴う音楽家のコミュニケーションの不得手さ、
内向的な完璧主義の顕在化、テクノロジーへの過信、サンプリングとエディットによる
音楽構築への傾倒に関する話(スタジオミュージシャンへの有象無象の交渉に割くエネルギーや
時間を、マシンを用いれば節約でき、その分音楽の内容を充実させ、「自分の思い描く通りの
完璧な音」をコントロールできる、とマシンのネガティブな面を考えないままに
飛びつくという話)は、長年モヤモヤと思い続けていたことに答えが出て、
腑に落ちたような気持ちです。

第3章のプロデューサー論においては、音楽プロデューサーのタイプを
アレンジャー・プロデューサー、エンジニア・プロデューサー、A&R型プロデューサーの
3種類に分け、その経歴の刻み方の違い、ベテランプロデューサーのA&R型への変化について、
それぞれの種類のプロデューサーが作品に対して取る距離感の違いについてなど、
具体的な名前を出しながら詳説しています。

第4章のエンジニア論においては、特にRoger NicholsがNightfly制作において
どのような働きをしていたかについて、ミュージシャンのある意味神経症的な性格の傾向など
を踏まえながら解説しています。

さらに最終章には、80年代のポピュラー音楽における特徴をかなり鋭く指摘しており、
「マシンドラムやシンセの多用」「ライブドラムやギターに関する認識しやすいエフェクト」
「シーケンシャルなフレーズ」「和声と和声進行の簡略化(常に和音が鳴っている訳ではない
と言う状態)」「リフ的なメロディの多用」が挙げられおり、
これは自分としても常日頃から感じていたのですが、
特に、「和声進行が簡略化されることにより、その機能的な面よりも、和声単体の響きが
認識の主たる対象となり、コードバッキングをリフとして用いる手法は、
和音のトップの音をサブメロディとして機能させる」と言う内容にも深く納得が行きました。
冨田氏が「基準値0のコンセプト」と称するリズムに対する感覚は、
いわば「コンピューターが管理する時間軸の経験を繰り返す中で血肉化した感覚」であり、
それは従来の音楽的感覚では認められ、良しとされてきた「揺らぎ」は許容されないものとして
捉えられてしまう傾向さえ生じてきた、と語られます。
そうした点において、Nightflyにおいて施された音のエディットの感覚は、
現代、それも2000年代以降のポップスに通じているものである、と冨田氏は言います。

確かに、一つのトラックの中に無数の楽器による演奏が詰め込まれ、
それが互いに調和することを求められる状況においては、
この「基準値0のコンセプト」は極めて重要な考え方であり、
各楽器が整然とグルーブする音楽を構築するには、必要なものと感じます。

その様は、まるでクラシック音楽のような構築美でもあり、
本来、時代と共に生き消費される存在である大衆音楽の一部は、もはや
クラシックと同じような手法で繰り返し吟味、評価されて行っても良いのではないか、
と、あとがきでは話されます。

「そこで、音楽好きな僕やみなさんができることは、とびきり良質な音楽作品を聴いて、
ますはその真価を知ることだ。自分なりにでも、偏った聴き方でもいい。
良質な作品は、作り手の意図や感情を破綻なく作品に込められたから良質になった。
だからそうバラバラな評価にはならないはずだ。
もし勘違いがあったとしても、作品にたくさんのリスナーがいれば、数の論理で
評価は自然と真価に近づく。これも良質な作品だからだ。」(そのまま引用)
という文章を励みに、
おそらく「勘違い」の多いサイトではあると思いますが、
自分なりに良質と思う音楽を、この場で紹介し続けて行きたいという気持ちが一段と強くなりました。

この時期に、この本が読めて良かったと思います。

巻末には、付録として「レコーディングの流れ」について
表のようにして順を追ってフォーマットが説明してあります。
これも、今からじっくりと読んで行こうと思います。

なかなか市中の本屋には出回っていない本だと思いますが、
この記事が購入のきっかけとなって下されば幸いです。
この本のせいでテスト勉強が捗りません。


最高に面白いです。
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  1. 2014/12/05(金) 23:31:15|
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コメント

Systematic Chaos様 こんばんは

2周年おめでとうございます。
いつも楽しみに拝見しております。

「Nightfly」は自分も好きです。
Systematic Chaosさんに比べれば
普通に好き程度ですが
録音の良さから
オーディオのテストに使う人も多いと言われている名作ですよね。

レビューを書く上での刺激と言う部分でも
良い作用があったようで何よりです。

>自分なりに良質と思う音楽を、
そうですよね、それが大事ですよね。


※そういえば
自分も先月の21日で一周年だということに
今気づきました。
  1. 2014/12/07(日) 01:23:28 |
  2. URL |
  3. GAOHEWGII #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

GAOHEWGII様も開設一周年おめでとうございます。
RSSリーダーでいつも楽しく読ませて頂いております。

今聴くと、ドラムの音色など若干薄く感じる部分もありますが、
現代の打ち込みポップスのアレンジ、音の質感に与えた影響は
大きいのかもしれません。

プロデューサーの伝記的な書籍は結構な数存在していると思いますが、
この本のようにタイプ別に分けて業務の内容にまで踏み込んだ説明が
成されている本には出会ったことがありません。

Nightflyが好きかどうかは別として、
サウンド面からのレビューの書き方、味わい方を学ぶ方法論として、
この本のスタンスはとても参考になったと思います。
  1. 2014/12/07(日) 12:45:48 |
  2. URL |
  3. Systematic Chaos #-
  4. [ 編集 ]

2周年おめでとうございます。
これはとても面白そうな本ですね。
Nightflyは昔狂ったように聴いた覚えがありますが、その聴き方はプレイヤー目線でした。
いつかこの本を手に入れてもう一度Nightflyをおさらいしたいです。
  1. 2014/12/11(木) 20:54:02 |
  2. URL |
  3. わんわんわん #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コメントくださいましてありがとうございます。
返信大変遅れまして申し訳ありません。

そうですね。この本は自分の中で曖昧だった「アレンジ」「80年代ポピュラーミュージックの音韻的特徴」
「デジタルレコーディング導入後の録音技術、形式の変化」「プロデューサー、エンジニア論」などの
概念に対して、一人のプロの音楽家による示唆に富んだ解説がなされていて、
得るところの大きい一冊でした。

自分のレビューの中にもこの本の視点を積極的に取り入れていきながら、
文章を練っていきたいと思いました。
  1. 2015/01/01(木) 03:15:18 |
  2. URL |
  3. Systematic Chaos #-
  4. [ 編集 ]

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Author:Systematic Chaos
独断と偏見により、お気に入りのCDを紹介して行きます。
医学部医学科の大学生として臨床医となるべく勉強しています。
山下達郎ファンクラブ
TATSURO MANIA会員。
水樹奈々ファンクラブ
S.C. Nana Net 会員。
上坂すみれファンクラブ
コルホーズの玉ねぎ畑 会員。
初心者ですが宜しくお願いします。
好きなジャンル:
1. AOR, MOR, ソフトロック
2. R&B,ファンク, モータウン,
ニュージャックスウィング,
フィラデルフィアソウル, シカゴソウル,
ブルーアイドソウル
3. ポップス、Jポップ
渋谷系、ニューミュージック
4. プログレッシブロック
5. ハードロック, へヴィメタル,
プログレッシブメタル, スラッシュメタル,
メロディックデスメタル,ブラックメタル
6. ジャズ,フュージョン,
ハードフュージョン, アシッドジャズ,
ハード・バップ, ジャズファンク,
ジャズロック
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オルタナティブヒップホップ
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9. ハウス, アシッドハウス,ディスコ

ライブラリは50,000曲ほどです。
ヘッドフォンはAKGのQ701、Audio TechnicaのATH-ESW9、
イヤフォンはShure-SE425を使っています。
iPod ClassicにTEAC-HAp50またはATH-PHA31i(ポータブルヘッドフォンアンプ)を挿して聴いています。
ブログとして記事を書くことを通じて
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痛感しています。
これから沢山の音楽に触れ、勉強していきたいです。
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